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奈良時代(710年 - 794年)

遣唐使(けんとうし)
遣唐使(けんとうし)

飛鳥時代の中ごろから奈良・平安時代前半にかけて中国へ送られた使者のこと。唐(とう)っていうのは昔の中国の国名。「唐に使いとして派遣する人」→「遣唐使」。

元明天皇(げんめいてんのう)
元明天皇(げんめいてんのう)

661年 - 721年

第43代天皇(在位707年8月18日 - 715年10月3日)。女帝。

私が天皇の時に奈良に都を移して平城京としました。


平城京(へいじょうきょう)
平城京(へいじょうきょう)

唐の都「長安」にならってつくられた奈良時代の都。君はこのイカれた世界で平常心を保てるか?

奈良時代(ならじだい)
奈良時代(ならじだい)

710年 - 794年

奈良に都(平城京)があった時代。


稗田阿礼(ひえだのあれ)
稗田阿礼(ひえだのあれ)

生没年不詳。

古事記の編纂者の一人。

天武天皇に舎人として仕えており、28歳のとき、記憶力の良さを見込まれて『帝紀』『旧辞』等の誦習を命ぜられた。元明天皇の代、詔により太安万侶が阿礼の誦するところを筆録し、『古事記』を編んだ。

古事記(こじき)
古事記(こじき)

712年に作られた現存最古の歴史書。覚え方は「古い事を記したよ(ふるいことをしるしたよ)」。記す(しるす)には、「書く」っていう意味があるよ。


風土記(ふどき)
風土記(ふどき)

奈良時代につくられた各地の様子や伝承が書かれてある地理書。

日本書紀(にほんしょき)
日本書紀(にほんしょき)

720年に作られた最古の勅撰史書。勅撰(ちょくせん)っていうのは「天皇の命令で作られたよ」っていう意味。古事記は勅撰ではないけど、日本書紀は勅撰で作られた一番古い歴史書。


聖武天皇(しょうむてんのう)
聖武天皇(しょうむてんのう)

701年 - 756年6月4日

第45代天皇(在位724年3月3日 - 749年8月19日)。

仏教によって国を護ろうと国ごとに国分寺を立てたよ。また、都に東大寺を建てたよ。仏教最高。いぇーぃ。

天平文化(てんぴょうぶんか)
天平文化(てんぴょうぶんか)

聖武天皇が在位していた8世紀前半の天平期を中心に栄えた文化。遣唐使、留学生、僧などが中国から伝えた文化の影響を受けた、貴族を中心とした仏教文化。


鑑真(がんじん)
鑑真(がんじん)

688年 - 763年6月25日

唐(昔の中国)の僧です。日本から「偉いお坊さんに日本に来てほしい」って言われたので、弟子たちに「行きたい人ー?」って聞いたら、誰も手を挙げなかったので、「じゃあワシが行ったるわー!!」と日本に来ることを決意しました。日本に来てからは、日本における律宗(仏教の一宗派)の開祖となり、唐招提寺を建立したりしました。

参考:唐招提寺

吉備真備(きびのまきび)
吉備真備(きびのまきび)

695年 - 775年11月3日

学者。公卿。

717年に遣唐使として阿倍仲麻呂、玄昉らとともに入唐し、735年に多くの典籍を携えて帰朝した。帰朝後は聖武天皇や光明皇后の寵愛を得て昇進し、740年には真備と玄昉を除こうと藤原広嗣の乱が起こるが鎮圧された。最終的には右大臣まで昇進した。学者から立身して大臣にまでなったのは近世以前では吉備真備と菅原道真のみである。


玄昉(げんぼう)
玄昉(げんぼう)

? - 746年7月15日

僧。

712年に遣唐使に学問僧として随行し、唐で法相を学ぶ。735年に帰国し、聖武天皇の下、吉備真備とともに活躍し、そこそこ出世した。740年には藤原広嗣が吉備真備と玄昉を排除しようと兵を起こすが鎮圧された(藤原広嗣の乱)。ただ、玄昉は性格が悪かったらしく、後に左遷されてる。

阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)
阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)

698年 - 770年

遣唐使として派遣されたけど、日本に帰ってこれなくなって唐の政府に使えたよ。本当は帰りたかったんだけど、この時代は航海技術がまだ良いものではなく、船で唐から日本に帰ろうとしても、途中で船が難破したり(壊れたり)、波にさらわれて思い通りに進めなかったりしたから。一言で「帰る」って言っても思い通りにいかないんだよね。なお、これは自慢ですが、私はメチャクチャ頭が良い。


藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)
藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)

? - 740年11月24日

貴族。

反藤原勢力の要である吉備真備玄昉に反発し、740年に大宰府で挙兵した(藤原広嗣の乱)が、鎮圧された。

東大寺(とうだいじ)
東大寺(とうだいじ)

聖武天皇が国分寺の中心をなす「総国分寺」として建立した。

聖武天皇が「大仏作ろうぜ」(大仏造立の詔)って言ったのが743年。745年から現在の場所で大仏を作り始めた。752年に大仏の目を描いた(大仏開眼会)。この大仏が有名な奈良の大仏。「東大」っていう文字が入っているから、きっと奈良の大仏は頭が良いに違いない。

参考:華厳宗大本山 東大寺 公式ホームページ


行基(ぎょうき)
行基(ぎょうき)

668年 - 749年2月23日

奈良時代の日本の僧。

民衆への仏教の布教活動が禁じられた時代に「そんなことは知ったこっちゃねぇ」と思って、仏教広めながら各地に橋やため池を作って社会事業を行いました。そしたら俺のバイブスに、民衆が圧倒的支持。聖武天皇も圧倒的支持。なんだかんだ東大寺造立の実質上の責任者になったりしました。この功績により、東大寺の「四聖」の一人となっています。

墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)
墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいほう)

743年

開墾した土地の私有を永遠に認めるよっていう制度。分かりやすく言えば、自分で耕した土地は自分のものにしていいよ、っていう制度。朝廷はこれで税収が増えるかと企んだんだけど、公地公民の制度が崩れて大寺院や貴族、地方豪族が競って土地の開墾を行うようになった。


正倉院(しょうそういん)
正倉院(しょうそういん)

夫の聖武天皇をなくして、悲しみにくれていた光明皇后が、四十九日の法要の後、「天皇がお使いになったものを、すべて東大寺に納め、仏に捧げよう」と考え、愛用品を納めたことで始まった、校倉造(あぜくらづくり)の宝物庫。緊急時は下から体が生えてきて二足歩行します。

参考
正倉院ってなんだろう? | 正倉院展(しょうそういんてん)キッズサイト

万葉集(まんようしゅう)
万葉集(まんようしゅう)

759年に編纂された約4500首の歌をおさめた日本最古の和歌集。


租(そ)
租(そ)

この時代の税。「お米を収めてね」っていう制度。

庸(よう)
庸(よう)

この時代の税。「国のために労働するか、もしくは労働力の代わりになんかくれ」っていう制度。


調(ちょう)
調(ちょう)

この時代の税。「お前のところの特産物をくれ。繊維製品だと嬉しいな」っていう制度。

淡海三船(おうみのみふね)
淡海三船(おうみのみふね)

722年 - 785年

皇族・貴族・文人。大友皇子の曾孫。

多数の書物を読破し文学や歴史に通じていた。鑑真の伝記「唐大和上東征伝」を記した。